神戸地方裁判所 昭和54年(レ)64号 判決
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【判旨】
五ところで、被控訴人は、二−一一〇、二−一一一両土地の境界は別紙図面二記載のAC両点を結ぶ直線であると主張するが、その主たる根拠は、(1)昭和四七年一〇月二九日、現地において、前川勇次から、右AC線が両土地の境界である旨の説明がなされ、畑儀一及び控訴人らがいずれもこれを了承したこと、及び、(2)前掲甲第三号証現況測量図と、同甲第一七号証実測図を拡大したものとを重ね合せると、甲第一七号証記載の両土地の境界線が甲第三号証の本件土地東側、別紙図面一記載のヘト線の僅かに東側にある平行線となる、ということである。
しかしながら、
1 右(1)の点について、原審証人井上利午、同畑儀一は、昭和四七年一〇月二九日、現地において、前川勇次が、控訴人、畑儀一、井上利午らの前で、二−一一〇、二−一一一両土地の境界は、二−四土地の南の側溝出角から北へ4.82メートル引いた線を南へ一直線に6.85メートル延長した線である旨指示し、控訴人がこれを確認し了承した旨、各証言しているけれども、原審証人前川勇次、控訴人本人は、ともに原審において右各証言を強く否定する証言、供述をしている。そして、前記二、三において認定した事実関係にかんがみれば、二−一一〇、二−一一一両土地の実測面積が公簿上の面積より大きいことを承知のうえで協議に基づく両者の取得土地の範囲の調整に関与していた前川勇次が、昭和四七年一〇月二九日の段階で、測量に基づき二−一一〇土地のみ公簿上の面積と実測地積とを合致させ、出坪はすべて二−一一一土地に帰属させることとして割出した両土地の境界線を、確定的なものとして指示すること自体、まず考えられないことであり、また、仮に両土地の境界の説明をしたとしても、前川勇次は、自己の実測結果(乙第二号証)に基づき、二−一〇一、一−二両土地の境界線北端の地点との関連をも考慮して説明するはずであるから、その説明が右証人井上利午らの証言にあらわれたようなものになるはずがないし、ましてや、協議に基づく調整の話合が難航して決裂状態にあるその時点で、控訴人側が、右のような境界線をそのまま確認了承するはずがないと考えられるので、右証人井上利午らの証言は措信することができず、他に右被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
2 右(2)の点について、甲第二二号証は、弁論の全趣旨により、糸永忠が甲第三号証、第一七号証の二つの図面を縮尺を合せて重ね合せた図面であると認められるところ、その記載によれば、赤線で拡大記入された甲第一七号証の二−一一〇、二−一一一両土地の境界線は、甲第三号証の本件工作物東側に敷設された沿石の東側の線と一致しているけれども、前記認定のとおり、甲第三号証の別紙図面一記載のヘト間に相当する部分は6.85メートル、同トチ間に相当する部分は6.86メートルであるのに、本来の甲第一七号証における別紙図面二記載のC'D、AC'両線に相当する各線の長さは明らかに前者の方が後者より若干短い(前川勇次は、のちに乙第二号証にCD間6.35メートルと書き加えている。)のであつて、この一事をもつてしても、右甲第二二号証の記載は不正確であり、右被控訴人の主張事実は認めるに由ないものであることが明らかである。
そこで、二−一一〇、二−一一一両土地の境界について更に検討するに、前記二、三において認定した事実関係によれば、そもそも右両土地の境界については、分筆登記に用いられた図面はないのであるから、その位置形状については、最も信頼の置ける甲第四号証の記載を重視し、その余の各証拠に依拠してこれを推認するほかはないのであるが、その場合、前川勇次がしたように、境界線北端を別紙図面二のA点に固定し、公簿上の面積と実測地積との差は無視して東側から二−一一〇土地につきその公簿上の面積のみを確保するという方法をとるとしても、前川勇次の測量結果によるも本件土地の殆んど全部が二−一一〇土地に含まれることになるのであり、更に、別紙図面二の角KAJは、乙第二号証では八四度にとどまるが、これを甲第四号証の九二度に是正するとすれば、同図面記載のC'点は更に西方へ移動することになる。そして、本件にあらわれた各証拠からは、右両土地の境界線は二−一一〇土地の東側の境界線とほぼ平行する線であると推認されるところ、本件にあらわれた全証拠によるも、右両土地の境界線が別紙図面二記載のAC'線より東方に存するものと考えるべき事情は何もうかがわれない。まして、二−一一一土地が二−一一〇土地から分筆されたものであるところから、公簿上の面積を超える実測地積は二−一一〇土地に残されている公算が大きいことをも考えれば、具体的な境界線を確認することはなお困難であるとしても、本件土地は、二−一一一土地に属するものではなく、二−一一〇土地の一部であると認めるのが相当である。
したがつて、本件土地が二−一一一土地の一部として自己の所有に属するという被控訴人の主張は認めることができない。
六次に、さきに二、三において認定した事実、就中二の1ないし4の事実にかんがみれば、被控訴人は、当初から同人及び畑儀一の所有する二−七三、二−七四、一一−八等の土地につきその開発後の北東方向への出入口を確保することができるという利便に着目して、二−一一〇、二−一一一両土地の共同買受に乗り出したものであることは容易に推認されるところであり、控訴人もまた、二−一〇一土地につき同様の利便を求めたものと考えられる。そして、共同買受当時の周囲の状況にかんがみれば、右両者の利便を十全ならしめるためには、相互に、二−一一〇土地全部及び二−一一一土地の東寄り部分を、ほぼ全域にわたつて利用することができる必要があつたといえる。これらの点と、右両土地買受の当初、控訴人、被控訴人らが敢えてその境界を確認しようとしなかつた点をあわせて考えれば、共同買受の際の控訴人、畑儀一間の協議により後日に残された取得土地の範囲の調整は、単に各人の出資金額と取得土地面積の不均衡の是正にとどまるものではなく、各人の所有地の出入口としての利用関係の調整をも意図するものであつたと推認される。したがつて、被控訴人主張のように被控訴人には相隣関係的観点から当然に本件土地を含む二−一一〇土地の利用権が存するものと解することはできないところであるけれども、上記のような事情にかんがみれば、控訴人及び被控訴人としては、右共同買受の際の協議に基づく後日の調整がなされるまでの間は、合理的な理由なくして、相互に、二−一一〇土地及び二−一一一土地の東寄り部分を各人の所有地の出入口として利用することを濫りに妨げることは許されない立場にあるものというべきである。
ところで、前記二において認定した事実によれば、本件土地を利用しえないことによる被控訴人の不利益は、同人らの所有地が開発され市道が開設されたことにより現実化し更に著しいものとなつたことは明らかである。反面、控訴人には、本件土地に本件工作物を設置する必要も利益も認められない(控訴人は、右は奥地一帯から道路への土砂の流出を防止するために築造したものである旨主張し、控訴人本人は原審において右主張にそう供述をしているけれども、それまでこれを築造しないまま宅地造成等の工事を継続してきたことにかんがみれば、既に同工事の完了検査を月余の後にひかえた昭和四九年五月の時点において、今更これを設置する必要もないことは明らかであるというべく、控訴人本人の供述は、単なる口実にすぎないものと認められる、なお、前記の調整がととのわないことについては、控訴人側にも落度がなかつたとは言い切れないので、そのことの故に控訴人の本件工作物の設置行為が合理化されるものとは認めがたい。)。
以上述べたところからすれば、控訴人の本件工作物の設置は権利濫用の行為であつて許されず、被控訴人はその撤去を求めることができるものというべきである。
(富澤達 松本克己 鳥羽耕一)